楽しみにしていた万年筆をいざ使おうとした時、インクが出ないトラブルは本当にがっかりしますよね。特に、デザインが気に入って購入した万年筆が新品であったり、大切な思い出の品を久しぶりに使おうとしたりした場合にこの問題は起こりがちです。また、書いている途中で万年筆のインクがかすれる症状に悩む方も少なくありません。この問題の多くは、万年筆をきちんと洗うことで解決できますが、その前に原因を正しく理解することが、万年筆を長く愛用するための第一歩です。
この記事では、万年筆のインクが出ない様々な原因を深掘りし、初心者でも安心して実践できる具体的な対処法を、写真や図解を交えるようなイメージで詳しく解説します。
- インクが出ない5つの主な原因とその特定方法
- 新品や久しぶりに使う万年筆に特有の注意点
- 万年筆のタイプ別(吸入式・カートリッジ式)に分かる正しい洗浄手順
- インク詰まりを未然に防ぎ、万年筆を長持ちさせる保管方法
万年筆のインクが出ない原因とは

- 万年筆のインクが出ない新品のケース
- 万年筆のインクが出ない久しぶりの使用
- 万年筆のインクがかすれる時の主な原因
- ペン先の損傷や持ち方の間違い
- インクとの相性や空気の混入
新品の万年筆のインクが出ないケース
購入したばかりの新品の万年筆からインクが出ないと、「もしかして初期不良?」と真っ先に不安がよぎるものです。もちろん、ごく稀にペン先の製造上の問題や検品漏れの可能性もゼロではありませんが、特にカートリッジ式の万年筆においては、ほとんどの場合、故障ではなく単にインクがペン先まで物理的に到達していないだけというケースがほとんどです。
万年筆は、ペン先に刻まれた非常に細い溝(インクチャンネル)をインクが伝っていく「毛細管現象」という原理を利用しています。吸入式やコンバーター式は、ボトルインクから直接ペン先を浸してインクを吸い上げるため、最初の段階で強制的にインクがペン先に満たされます。しかし、カートリッジ式は新しいカートリッジを装着した後、この毛細管現象の力だけでインクがペン先にじっくりと伝わるのを待つ必要があるのです。
まずは落ち着いて「待つ」のが基本
カートリッジを「カチッ」と音がするまでしっかりと装着したら、まずはペン先を下に向けて、ペンスタンドなどに立てて数分から数十分ほど待ってみましょう。特にインクの粘度やペン先の細さによっては、インクが到達するまでに1時間以上かかることもあります。焦らずに待つことで、自然にインクがペン先まで到達し、何事もなかったかのように書けるようになることがほとんどです。
もし、どうしてもすぐに書き始めたい場合は、カートリッジの胴部分を指の腹で優しく、ゆっくりと一度だけ押してインクをペン先方向に送り出す、という方法もあります。ただし、強く押しすぎたり何度も繰り返したりすると、インクがペン先から溢れ出てペンや指を汚してしまう原因になるため、ティッシュを添えながら慎重に行ってください。
久しぶりに使用する万年筆のインクが出ないケース
しばらく机の引き出しで眠っていた万年筆を、久しぶりに使おうとした際にインクが出ない。この場合、その原因のほぼ9割以上はペン先やペン芯(ペン先の裏側にある部品)の内部でインクが乾燥し、固まってしまっていることです。これを一般的に「インク詰まり」と呼びます。
万年筆はキャップの気密性が高い製品であっても、わずかながら水分が蒸発していきます。万年筆インクの主成分は水分ですので、長期間使用しないとペン先の細い溝の中で水分だけが徐々に蒸発し、色素や染料といった固形成分がこびりついてしまうのです。特に、うっかりキャップを閉め忘れて保管してしまった場合は、わずか一日程度でもインク詰まりを起こす可能性があります。
固まったインクは洗浄でリセット
このタイプのインク詰まりは、後述する洗浄方法を試すことで、ほとんどの場合リフレッシュできます。無理に筆圧をかけて紙の上をガリガリと擦り付けるように書こうとすると、ペン先を傷めてしまい、修理が必要になることもあります。インクが出ないと感じたら、まずは洗浄から試しましょう。
万年筆のインクがかすれる時の主な原因

インクが全く出ないわけではないものの、書いている途中で線がかすれたり、インクの濃淡が安定しなかったりする症状も、多くの人が経験するトラブルです。この原因は一つではなく、複数の要因が複合的に絡み合っている可能性があります。
かすれの原因チェックリスト
- 軽度のインク詰まり:インクの通り道が完全に塞がってはいないものの、乾燥したインクの微粒子や、紙から出た細かな繊維(ペーパーダスト)が部分的に付着し、安定したインクの流れ(フロー)を妨げている状態です。
- 持ち方の癖:万年筆は、ペン先が紙に対して適切な角度と向きで接していないと、インクがスムーズに出ません。無意識のうちにペンを寝かせすぎたり、ペンを回すように捻って持ったりしていると、かすれの原因になります。
- インクと紙の相性:インクによっては粘度が高い(流れにくい)ものがあり、特定の万年筆や紙との相性でかすれやすくなることがあります。また、インクを弾きやすいコーティングが施された高品質な紙(例えばトモエリバーなど)で発生することもあります。
- インク残量の不足:コンバーターやカートリッジ内のインクが残りわずかになると、内部の空気の割合が増え、インクの供給が不安定になり、かすれの原因となることがあります。
ペン先の損傷や持ち方の間違い
インクを入れ替え、丁寧に洗浄しても症状が改善しない場合、より物理的な原因も考えられます。その中でも最も深刻なのが、ペン先の損傷です。
万年筆のペン先は非常にデリケートな金属部品であり、デスクから硬い床に落としたり、ペン先をぶつけたりするだけで、ペンポイント(ペン先の最も先端にある球状の部分)がずれたり、ペン先中央の切れ込み(スリット)が閉じたり開いたりして、インクの通り道が物理的に潰れてしまうことがあります。もし落下させたなどの明確な心当たりがある場合は、ペン先の損傷を強く疑う必要があります。この場合、ご自身で修理するのは極めて困難なため、メーカーや専門のペンクリニックに修理を依頼することをおすすめします。
また、意外と見落としがちなのが、日々の筆記における持ち方です。万年筆で滑らかで美しい線を描くには、正しい持ち方が不可欠です。
もう一度確認したい、正しい万年筆の持ち方
向き: ペン先に施された美しい刻印の面を真上に向けます。ペン先のスリットが紙に対して垂直に当たるイメージです。
角度: 紙面に対して、筆記角度が45度から60度くらいになるようにペンを立てて持ちます。
ボールペンのようにペンを寝かせすぎたり、ペン先を内側や外側に捻って持つ癖があると、インクが正常に出ないだけでなく、ペン先が偏って摩耗する原因にもなります。
インクとの相性や空気の混入
万年筆とインクには、人間関係のように「相性」が存在します。特に、万年筆本体を製造しているメーカーの純正インク以外を使用した場合に、インクフローのトラブルが発生することがあります。
インクは製品によって、色材(染料・顔料)の他に、粘度や浸透性を調整するための様々な成分が含まれています。例えば、パイロットの公式サイトで解説されているように、インクの種類によって特性は大きく異なります。粘度が高すぎるインクはインクフローが悪くなり、かすれやインクが出ない原因になりがちです。まずは、その万年筆のメーカーが推奨する純正インクを使ってみて、問題が解決するかどうかを確認するのがトラブルシューティングの基本です。
もう一つの物理的な原因として、コンバーターやカートリッジ内に空気が入り込んでいるケースがあります。インクが減ってくると、インクとペン先の間に空気が挟まり、その気泡が蓋の役割をしてインクがペン先まで流れ落ちてこなくなることがあるのです。この場合、ペン先を下に向けて胴軸を指で軽く「トントン」と優しく叩いてあげると、空気が上に移動してインクが流れ、再び書けるようになることがあります。
万年筆のインクが出ない時の対処法
- 万年筆のインクが出ない時は洗うのが基本
- 吸入式・コンバーター式の洗浄手順
- カートリッジ式の洗浄方法
- インク詰まり以外の簡単な対処法
- 長期間使わない場合の保管方法
- 万年筆のインクが出ない最初の総括
万年筆のインクが出ない時は洗うのが基本

万年筆のインクが出ない、あるいはかすれるといったトラブルに直面した際、最も万能で効果的な対処法は、ペン先を丁寧に洗浄することです。これは、不具合の解消だけでなく、万年筆の性能を維持するための最も基本的なメンテナンスでもあります。特に、長期間使わなかった場合や、インクの色を替える際には必須の作業となります。
洗浄によって、ペン先の細い溝に詰まった乾燥インクの粒子や、日々の筆記で付着した紙の微細な繊維(ペーパーダスト)を物理的に洗い流すことができます。これにより、インクが通るためのクリーンな経路が確保され、万年筆本来のスムーズなインクフローが蘇ります。洗浄は少し手間がかかるように感じるかもしれませんが、手順は非常にシンプルで、初心者でも簡単に行えますので、まずはこの方法を試してみましょう。
洗浄に使う液体は、特別な薬品や洗剤は必要ありません。常温の水か、汚れがひどい場合でも人肌程度のぬるま湯で十分です。アルコールや洗剤、そして熱湯は、万年筆の樹脂パーツを変質させたり、金属部品を傷めたりする可能性があるので、絶対に使用しないでくださいね。
吸入式・コンバーター式の洗浄手順
ボトルインクから直接インクを吸入する「吸入式」や、取り外し可能な吸入器である「コンバーター」を使用するタイプの万年筆は、以下の手順で洗浄します。この方法は、ペン先から吸入機構まで、内部のインク経路全体を丸ごとクリーニングできるのが大きな特徴です。
- 万年筆を分解する:まず、首軸(ペン先がついている部分)と胴軸をゆっくりと回して分解します。コンバーター式の場合は、コンバーターも首軸からまっすぐ引き抜いておきます。
- 残ったインクを洗い流す:まずは流水でペン先と首軸、コンバーターの表面についたインクを大まかに洗い流します。
- ペン先を水に浸す:コップや専用の洗浄カップなどの容器に水(またはぬるま湯)を用意し、ペン先の金属部分が完全に浸るように入れます。
- 水を繰り返し循環させる:コンバーターを首軸に再度取り付け、ペン先を水に浸した状態でピストンを上下させ、内部に水を吸入・排出する動作を繰り返します。吸入式も同様に回転ノブを操作します。最初はインクが混ざった色の水が出てきます。
- 水が透明になるまで繰り返す:コップの水を何度か替えながら、排出される水が完全に透明になるまで、根気よく吸入・排出を繰り返します。この工程を丁寧に行うことが、詰まりを解消する鍵です。
- 徹底的に乾燥させる:洗浄が終わったら、まずはティッシュや柔らかい布で各パーツの水分を優しく拭き取ります。その後、ペン先を下にしてコップなどに立てかけ、丸一日以上かけて内部を完全に自然乾燥させます。
メーカー公式の解説も参考に
基本的な洗浄方法は多くのメーカーで共通していますが、より詳細な手順が知りたい場合は、お持ちの万年筆のメーカー公式サイトを確認するのが確実です。例えば、セーラー万年筆の公式サイトでは、動画を交えて分かりやすく解説されています。
カートリッジ式の洗浄方法
インクカートリッジを交換して使用するタイプの万年筆は、構造がシンプルな分、洗浄も非常に手軽に行えます。ペン先とペン芯が一体となった「首軸」部分を重点的にきれいにしていきます。
- 万年筆を分解しカートリッジを外す:首軸と胴軸を回して分解し、使用中のインクカートリッジをまっすぐ引き抜いて外します。
- ペン先を水に浸す(浸け置き):コップに用意した水(またはぬるま湯)に、首軸全体を浸します。このまま数時間から一晩ほど浸け置きすることで、内部で固まったインクがふやけて溶け出しやすくなります。
- ペン先を優しく洗い流す:浸け置き後、蛇口からゆっくりと流れる水道水で、首軸の内部を洗い流します。カートリッジが接続されていた側から水を流し込み、ペン先からインクの色が出なくなるまで洗い流します。
- 振り洗い(仕上げ):新しい水を入れたコップの中で首軸を優しく振るようにして洗うと、内部に残ったインクの粒子が出てきます。水が汚れなくなるまで数回繰り返します。
- 徹底的に乾燥させる:洗浄後、吸入式と同様に、まずはティッシュなどを首軸の内部にこより状にして入れて水分を吸い取ります。その後、ペン先を下にしてコップに立てて、内部まで完全に乾燥させます。
インク詰まり以外の簡単な対処法
洗浄するほどの時間がない場合や、インク詰まりが直接的な原因ではなさそうな場合に、その場で試せる簡単な対処法もあります。これらは根本的な解決策ではないかもしれませんが、応急処置として覚えておくと非常に便利です。
| 症状 | 考えられる原因 | その場でできる簡単な対処法 |
|---|---|---|
| 突然インクが出なくなった | 空気の混入(エアロック) | ペン先を下に向けて、胴軸をもう片方の手の指で優しく数回「トントン」と叩き、振動でインクをペン先に落とす。 |
| 新品のカートリッジで書けない | インクがペン先に到達していない | ペン先を下にして数十分待つ。またはカートリッジの腹を指で一度だけ優しく押し、インクをペン芯に送り込む。 |
| インクがかすれる | ペン先の軽度の乾燥 | ペン先を水や、使っているインクに一瞬だけ(1秒程度)浸して、固まったインクを溶かし、インクの流れを促す。 |
| 特定の角度でしか書けない | 持ち方の癖、ペン先の偏摩耗 | ペン先の刻印が施された面を真上に向け、紙との角度が45~60度になるよう意識し直す。 |
長期間使わない場合の保管方法

インク詰まりという最も頻繁に起こるトラブルを未然に防ぐためには、長期間使用する予定がない際の正しい保管方法を実践することが非常に重要です。これは、大切な万年筆を良いコンディションで維持するための、いわば「冬眠」のための儀式です。
手順は非常にシンプルで、基本的には洗浄と同じです。
- インクを完全に抜く:コンバーターやカートリッジ内のインクをすべて空にし、インクの供給源を断ちます。
- 徹底的に洗浄する:本記事で解説した手順に沿って、ペン先とインク経路をインクの色が出なくなるまで丁寧に洗浄します。
- 完全に乾燥させる:洗浄後、最も重要な工程です。カビの発生や金属部品の錆、樹脂パーツの劣化を防ぐため、風通しの良い場所で数日間かけて内部までしっかりと乾燥させます。
この3ステップのメンテナンスを行うだけで、数ヶ月後、あるいは数年後に使いたいと思った時に、すぐに万年筆を最高の状態で使用再開できます。お気に入りの一本を長く、美しく愛用するために、ぜひこの習慣を身につけましょう。
万年筆のインクが出ないときの総括
- 万年筆のインクが出ない原因は主にインク詰まりや乾燥など5つある
- 新品のカートリッジ式はインクがペン先に自然に届くまで時間がかかる
- 久しぶりに使う万年筆の不具合はペン先でのインク詰まりがほとんど
- インク詰まりに対する最も基本的で効果的な対処法は洗浄である
- 洗浄には熱湯や洗剤を使わず必ず水か人肌程度のぬるま湯を使用する
- 吸入式やコンバーター式は内部に水を繰り返し循環させて洗うのがコツ
- カートリッジ式はペン先部分を水に浸け置きしてから洗い流す
- 洗浄後は内部に水気がなくなるまで丸一日以上かけて完全に乾燥させることが重要
- ペン先を落下させたりぶつけたりすると物理的に損傷する可能性がある
- ペン先の損傷は無理に自分で直さず専門店での修理を依頼する
- 正しい持ち方はペン先の刻印を真上に向け筆記角度は45度から60度を意識する
- インクはまずメーカー純正品を使うのがトラブルを避ける上で最も安全
- 内部への空気の混入は胴軸を軽く叩くと解消されることがある
- 長期間使わない時はインクを抜き洗浄と乾燥のメンテナンスをしてから保管する
- トラブルの原因と対処法を正しく理解すれば万年筆はもっと楽しくなる

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